地元湘南で上質なアウトドア体験を提供──彼が「ハード」よりも「ソフト」にこだわるワケ:ASOBU・神裕之

地元湘南で上質なアウトドア体験を提供──彼が「ハード」よりも「ソフト」にこだわるワケ:ASOBU・神裕之
株式会社あそぶ代表取締役の神裕之さん

神奈川と言えば、湘南の海をイメージする人も多いでしょう。そんな場所を活用した新たなアウトドアコンテンツを開発しているのが株式会社あそぶ(ASOBU)代表取締役の神裕之(じん・ひろゆき)さんです。

新卒から総合商社の不動産部門で活躍してきた神さんは、まちづくり、地域の魅力発信における「ソフト」の重要性を強調します。大きく社会が変わろうとする今、湘南の地でソフトコンテンツに力を入れるワケを聞きました。

この記事は、神奈川県の「かながわ・スタートアップ・アクセラレーション・プログラム(KSAP)」(運営事務局:GOB Incubation Partners)に採択された起業家へ取材したものです。KSAPは、社会的な価値と経済的な価値を両立させようと挑戦するスタートアップをサポートする取り組みです。KSAPの詳細はこちら

湘南の強み活かしたアウトドア体験「SEASIDE TARP」

夕暮れ時の湘南・鵠沼海岸の風景

私が代表を務めるASOBUは、2019年3月、アウトドアコンテンツを開発する会社としてスタートしました。

従来、キャンプというと飯ごうをしたり、まき割りをしたりと、男性を中心に汗をかきながら懇親を深める場所といったイメージが強かったように思います。しかしその後、ファッションの文化も入ってきたことで、こうしたアウトドアの文化が新たなビジネスになるのではないかという感覚は以前からありました。

私はもともと不動産業界で仕事をしてきました。不動産に限らず、日本ではもう何十年も前から「ハードではなくソフトだ」と言われながら、結局はハードのインフラ開発に主眼が置かれてきたように感じています。それをどうにかしたいという思いも会社の創業につながりました。

その後、故郷である湘南の海を活用したコンテンツが、もっとも情熱を持って取り組めると感じ、藤沢や湘南地域の強み活かしたサービスを検討していたところで、今回の新型コロナウイルスが発生しました。

With/After コロナを見据えたビジネスモデルの検討に迫られる中で考えたのが、今回事業化を進めている「SEASIDE TARP(シーサイドタープ)」というサービスです。オフシーズンの湘南の海辺に上質な時間を過ごせる空間をつくり、食事は地元の飲食店がデリバリーで提供する。広々とした空間設計なので、コロナ禍でもソーシャルディスタンスを確保して過ごすことができます。

今回、神さんらが手がける「SEASIDE TARP」のイメージ

1日の流れ(例)

また、大人も子供も一緒に楽しめるようなコンテンツを私たちが開発、提供。その瞬間だけは、まるで湘南で暮らしているかのような、豊かな時間を提供します。

メインのお客さんとしては、小さなお子さんをもつファミリー層を想定しています。私自身も家族を持ち、この10月に第1子が誕生したばかりです。同世代にも子育てをしている人が増えました。そういう人たちの話を聞いていると、共働き世帯の子育て世帯の痛みを感じることもあります。

私の妻は総合職として会社で勤務しています。今は育休を取得していますが、彼女のように最前線で働いている女性も以前よりずっと増えてきたように思います。しかし、子育てをしながら出産前と変わらず仕事を維持して、子育てと両立しようとする中で、精神的に参ってしまうといったケースも身近で起きています。社会構造が大きく変わり、サポートや社会的な理解も十分とは言えない環境で、苦しんでいる人は少なくないと思うのです。そうした人々に、活力を与えられるサービスを提供したいと考えています。

学生時代はNBAチームでインターン、スポーツアリーナ開発に向けて三菱商事に入社

2012年に、当時インターンをしていたNBAチームの上司とともに東北の震災支援へいった際のビデオ

小学校から大学まで、バスケットに打ち込んでいた私は、米ワシントン大学に留学。NBAチーム「シアトル・スーパーソニックス(現オクラホマシティ・サンダー)」でインターンを経験しました。

帰国後は、大学アスリートやプロ選手を招いて子供たち向けにスポーツキャンプを開催するなど、イベントのコーディネーションに携わっていました。そんな経験もあり、当時は地元湘南に日本一のプロバスケットチームを作るという夢を持っていたのです。

当時はバスケのプロリーグもなかった頃で、ビジネスとしてスポーツ業界を成立させなければ、先行きが厳しいだろうと考えていたのです。新卒で三菱商事に入社してからも、将来的にスポーツアリーナの開発をしたいとずっと発信し続けてきました。

今でこそ、不動産事業者が、都市開発と球団運営、アリーナ開発をセットで考える取り組みを試行錯誤し始めていますが、2008年の私の入社当時は、そんな採算性が低い事業を手がけるのはリスクに見合わないという見方が大半でした。新卒だった私が新人研修で新規事業をプレゼンした際は、もちろん企画書の構成が稚拙だったこともありますが、審査員からのダメ出しで蜂の巣にされたことを覚えています。

入社後はしばらく不動産と金融を掛け合わせたビジネスを行う事業部門で勤務しました。そこで感じたのが、金融化による流動性の高まりで、素晴らしい不動産開発と粗悪な不動産開発が両極端になってきたということです。

まちづくりで変化を起こすには、最低でも5年~10年は必要です。本来なら、10年、20年と時間をかけて、そこに住む人たちの成長やつながりと共に、街は魅力的になっていきます。前職で戦略企画に携わった横浜赤レンガ倉庫がある「みなとみらい」は良い例です。私が大学生だったころと比べ、ここ数年で街の活気がグッと増しように感じますが、それは背の高いビルや商業施設が増えたことよりも、「横浜オクトーバーフェスト」や「ヨコハマトリエンナーレ」のような現地のイベントや、多様なコンテンツを繰り返し開催する中で培われ、花開いたものだと思うのです。

しかし、金融商品としての捉え方が過度に先行してしまうと投資家の目線が優先され、事業者は短期間で目に見える結果を出すことが求められてしまいます。そのため、大型の箱を作り、テナントに効率的な大型店や収益性の高い国内チェーンを入れるといった、“どこにでもある”不動産ばかりの都市開発になってしまいます。しかし、すでにどこかにあるものを焼き増して作るだけなら、日本の最先端を集約した東京都心部の魅力に敵うはずがありません。それをビジネスとしてずっと感じていました。

「大切なのは魅力的なコンテンツを提供し続けること。何よりも人に投資すること」

コロナ禍で苦しんだり、不安な日々を過ごしたりしている人々がいまだ多くいる中で、これを大雑把に「チャンス」などとは呼びたくはありません。しかしながら、日本として変わらなければいけない部分を放置し続けたことのツケが、猛烈な痛みを伴う形であぶり出されたことは事実だと思います。

私が長くお世話になった個人経営の飲食店の中には、引き際を選べずに閉店せざるを得なくなったお店もたくさんありました。地元に根差し、地道に目の前のお客さんを大切に営業してきたからこそ、つながりや特色が生まれ、地域ごとの魅力につながってきたのだと思います。一方、資本主義が加速し、大規模資本が次々に規模優位のビジネスを生み出した結果が、今回のコロナ禍で小規模店には到底耐えられない状況を生み出した一因だと感じています。私たち人類にとって、過度な一局集約や極端な効率性を追求することの脆さを痛感することになったのが今回のコロナ禍だったように思います。

もちろん、大規模なビジネスは安価で良質なプロダクトを提供し、所得差に関わらず商品やサービスを享受できるようになるという良い側面もたくさんあります。先に述べた不動産の金融商品化も、それ自体が悪いわけではありません。しかし、素晴らしいまちづくりのために、必ずしも新築の建物を建設する必要はないでしょうし、リノベーションなどの手段で環境への負荷を抑えた開発もできます。

大切なのは魅力的なコンテンツを作りつづけること、そしてそのためにまず何よりも人材に投資をすることが重要です。魅力的なコンテンツは、多様な経験やユニークな感性を持つ人間からしか生まれないと思うからです。1、2年先の目先の未来のために小手先のプロモーションをするのではなくて、よいまちづくりのために、長い目線でしっかりとその地域の地力を高めていくことが重要です。そのためにも、人を湘南らしさで楽しませて商いにつなげていくという実践をとにかく積み重ねていくこと、それ以外に近道はないと思います。

ただし、現在の日本では、優れた人材や発展性のある事業機会が、東京に集約している現実とは、正面から向き合わなくてはいけません。

だからこそ私は、湘南で、湘南に住む人だけが満足するようなものではなく、都内や海外の人も行きたいと思えるような、強い独自性を持った魅力的なコンテンツ作りに、他でもない湘南で自らチャレンジをしたいと思い、起業に至りました。

私はこれまでずっと不動産業界で生きてきましたし、不動産開発に関わる方が私にとっては稼ぎやすいビジネスかもしれません。でも一旦はそのキャリアに頼ることから少し距離を置いて、まずは魅力的なイベントやコンテンツを開発できる事業者にならなければいけないと思っています。

ソフト、ハード、金融を軸に、先に見据える「地域上場ファンド」構想

今後の展開

イベントなどのソフトコンテンツと、不動産などのハード、そして金融の3つを基本として考えたときに、以前から思い描いていたのが、「地域上場ファンド」の構想です。

現在の上場株式は誰もが売り買いできるオープンな性質のもので、ほぼ全ての参加者の購入動機は、高値配当、高値売却にあります。そうなると、例えば、ある上場不動産ファンドが、投機目的の強い外国人投資家に買われて、長期的に地域の魅力を醸成するといった観点が置き去りにされたまま、トレンドだけを捉えた収益性の高い不動産が乱立する、といった事態が理論的には起きうると思っています。

そうした世界の誰でもが投資できる上場市場ではなく、地域の未来を、その地域に住む人たちの意思を中心に決められる株式流通スキームを作りたいです。

例えば横浜に住んでいる住民1万人が「横浜アリーナ」に少額投資をして1万人で権利を共有する。そうすれば、地域におけるアリーナの使い方を地域住民で決めることができます。収益性の高いメガイベントで利用するのか、はたまた収益性が低くても、地域住民の生活や教育環境の向上を優先した使い方をするのかなど、営利、非営利問わず、その方向性を地域の住民が決められるようにしたいのです。

もちろん、ステークホルダーを地域住民に限定することで、当事者間での政治的駆け引きや腐敗の温床になる可能性もあります。ですから一定の制限の下、地域外の投資家も参加できる仕組みは必要だとは考えていますが、こうした取り組みを通じて、地域のあり方に関心が集まり、「今年は地域の興行が盛り上がって配当が多いな」とか「配当は少ないかもしれないけど、子供たちは楽しそうだったよね」など、社会性を持たせた金融の新たなスキームによって高度な地域自治が実現できたらと考えているのです。

こうした仕組みには、スキームだけではなく、地域のその後10年、20年を、営利・非営利の両面から俯瞰してリーダーシップを発揮できる人も必要ですし、まずそもそも魅力的なコンテンツや愛される施設がなければありえません。今回のSEASIDE TARPのサービス提供が、そうしたビジョンへ至る第1歩になればと思います。

SEASIDE TARPが順調に進展し、新たな人の流入を創出できるようになった次の第2段階としては、イベントで地域に訪れた方々に湘南のホテルに宿泊してもらうなど、不動産と掛け合わせたサービス展開を考えています。そして5年後を目途に第2段階までを達成し、ゆくゆくは最終的なビジョンである「湘南上場ファンド」の構想をスタートしたいです。


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