個人の価値観を、組織の強烈なビジョンへ──必要な3つのプロセス

個人の価値観を、組織の強烈なビジョンへ──必要な3つのプロセス

GOB Incubation Partnersでは、社会価値と経済価値を両立させた経営モデルを「見識業」と呼び、その立ち上げプロセスを模索、提案しています。前回の記事では、見識業に必要な要件を5つに分解して整理しました。

見識業を営む企業が備えるべき5つの要件(前回記事より)

今回は、その5つを満たして見識業を実現する具体的なプロセスを、「ビジョン形成」「ビジネスデザイン」「組織デザイン」の3つのフェーズと、それを細分化した8つのステージに分けて検討を進めます。この過程をたどることで、5つの要件が備わっていくのです。

見識業を生み出すプロセス

今回はまずフェーズ1に当たる「ビジョン形成」の内容をGOB代表取締役の山口高弘(やまぐち・たかひろ)が解説します。

筆者:山口高弘(GOB Incubation Partners株式会社 代表取締役社長)
社会課題解決とビジネス成立を両立させることに挑戦する事業支援を中心に、これまで延べ100の起業・事業開発を支援。社会に対する問い・志を、ビジネスを通じて広く持続的に届けることに挑戦する挑戦者を支援するためにGOBを創業。自身も起業家・事業売却経験者であり、経験を体系化して広く支援に当たっている。 前職・野村総合研究所ではビジネスイノベーション室長として大手金融機関とのコラボレーションによる事業創造プログラムであるCreateUを展開するなど、個社に閉じないオープンな事業創造のための仕組み構築に携わる。内閣府「若者雇用戦略推進協議会」委員、産業革新機構「イノベーションデザインラボ」委員。 主な著書:「いちばんやさしいビジネスモデルの教本」(インプレス)、アイデアメーカー(東洋経済新報社)

連載第1回〜第6回はこちら>

フェーズ1:ビジョン形成

フェーズ1は「ビジョン形成」です。前回5つの要件にも挙げた通り、ビジョンは見識業には欠かせない要素です。

そしてこのビジョンを形成するためには、「(小さな個人的)価値観醸成、言語化」「ビジョン(世界観)形成」「顧客社会価値定義」の3つのステージを段階的に進めていくことになります。 

ステージ1:(小さな個人的)価値観醸成、言語化

見識業を実践している企業の代表とも言えるパタゴニアの創業期を例に解説します。

パタゴニアでは、「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」というビジョンを掲げていますが、このような強烈で壮大なビジョンは一足飛びで生まれるものではありません。

パタゴニアの創業者イヴォン・シュイナード氏は、14歳のときに鷹狩りの団体に所属していました。鷹の巣を目指して岩壁を下る体験をきっかけに登山にハマった彼は、多くの登山家が、岩を傷つけ、崩していることに心を痛めるようになります。

そこで、被害を食い止めるためにオリジナルのギア(登山用具)を製造し、登山仲間に安価で販売を始めました。次第に製造販売が追いつかなくなり、起業。これが現在のパタゴニアへつながっていきます。彼にとって最も重要だったのは、今も昔も自然環境という他者、ステークホルダーへの配慮なのです。

彼のように力強いビジョンを形成するためには、まず自分とその近くの他者という小さな関係の中で、自分を当事者として「世の中、どうあってほしいか」という個人的な価値観を醸成し、言語化するところから始める必要があります。

イヴォン・シュイナード氏(https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000006.000021813.htmlより)

ステージ2:ビジョン形成(世界観形成)

次が「ビジョン形成(世界観形成)」です。

パタゴニアのように、見識業を実践する企業は、社会に開かれたビジョンを持っています。開かれたビジョンとは、自分優位ではなく、広く自分が関わるステークホルダーとの関係性の中で定義されたビジョンのことです。パタゴニアの場合、ステークホルダーは「地球」や「自然環境」でした。

見識業のビジョンには、次の3つが必要です。

「1:広がり(空間軸)」「2:未来性(時間軸)」「3:コーズ(理由)」です。

1つ目は「広がり(空間軸)」。どういうステークホルダーと、どう関わり合っているのか、その関係と影響範囲を認識しなければなりません。自社だけの存続や繁栄を目指すのではなく、ステークホルダーと共に成長するために、その「ステークホルダー」という概念をどこまで広く認識できているのかが問われます。

2つ目は「未来性(時間軸)」。そのビジョンには、どういう過去の経緯があり、現在どういう状態にあるのかはもちろんのこと、現在から未来にかけて生じうる変化をも見通し、広い時間軸で捉えることが必要です。

ビジョンの広がり、未来性を踏まえて、3つ目に掘り下げるべきは、なぜそのビジョンを実現する必要があるのかという「コーズ(理由)」です。人々は「何を目指すのか」だけでなく「なぜ目指すのか」に強く共感します。多くのステークホルダーと共に繁栄するためには、強い共感を生み出すコーズが鍵を握るのです。

見識業のビジョンに必要な3要素(パタゴニアの場合)

ステージ1、2をさらに細かく:ビジョン形成までの4つの流れ

次にステージ3「顧客社会価値定義」へと移っていきますが、その前に、ここで3要件を備えたビジョンを作るステージ1、2のプロセスをさらに4段階に分けて見ていきましょう。


①小さな個人的価値観の醸成・言語化(*ステージ1で言及したが、分かりやすくプロセスとして示すためにここでも再掲)
②空間的・時間的解釈
③個人的価値観の再解釈
④空間・時間の拡張によるビジョンの社会化


①小さな個人的価値観の醸成・言語化

ビジョンはまず、「現在の自分(たち)」が、「会社が存在することで社会はどのようなよりよい状態になるのか」を考え、言語化することから始まります。

この時点では、「現在」の「自分(たち)」という等身大の「小さな個人的価値観」で構いません。最初から壮大なビジョンを描くことは不可能で、無意味です。必ず、個人の価値観が起点となります。

②空間的・時間的解釈

①で描いた「よりよい社会の状態」において、具体的にどんなステークホルダーが、どのような状態となっているか(空間軸)、そしてどのような時間的流れでそれが求められるようになるのか(時間軸)を明確にします。

思いつきではなく、社会の必然であることを確かめるということです。これが「空間的・時間的解釈」です。①では小さな個人的価値観でしたが、ここでは多様なステークホルダーとの関係や、過去の系譜を踏まえた再解釈により、より社会化された状態になります。小さな個人的価値観が、他者を想像することで社会的価値を備え始めるのです。

③個人的価値観の再解釈

②のプロセスを経ることで、①で描いていたビジョンはアップデートします。

この時にありがちなのが「当初のビジョンと変わってしまい、なぜ自分がそれを目指すのかわからなくなった」と切り捨ててしまうことです。しかしそうではなく、過去から現在までの自分の経験から「メイクセンス」をすることが大切。つまり、ビジョンに対する自分ごと化の度合いを深めていくのです。これを「個人的価値観の再解釈」と言っています。

すると、冒頭でビジョンの要件に挙げた「なぜ目指すのか(コーズ)」がより明確になり、人々の共感を生む力強さを備えるようになります。

④時間・空間の拡張によるビジョンの社会化

ここまでで「現在」必要な社会のあり方を定義しました。この段階では「現在」の「世間」をその対象範囲としている点で、江戸時代の近江商人の経営哲学である「三方よし」に近いものだと言えます。しかし見識業におけるビジョンとは、過去、現在、未来というより広い時間軸と、世間を超えて環境まで広げた空間軸を対象としなければなりません。

将来にわたって、ステークホルダーにとってのマイナスの影響を最小化し、プラスの影響を最大化した結果、どのような社会になるかを見通し、ビジョンを定義していきます。

ビジョン創造の流れ

第1回2回でも述べましたが、「小さな個人的価値観」から、空間的に認識を広げていくためには、「自己」が制約となりがちです。「自己」と「自己以外」とを区別して垣根や境界を作ってしまうと、空間的な認識を広げることはできません。「自己中心性」によって、自己の存在が小さくまとまってしまうのです。

初期は、自分の視点から社会のある断面を切り取って局所的なビジョンを生み出し、時間空間を広げ、ビジョンを社会化していくことが重要になっていきます。

ステージ3:顧客と顧客社会価値の定義

さて、ステージ3では、ビジョンを実現するためにどのような顧客とつながる必要があるか、そしてその顧客にどのような社会的価値を提供する必要があるのかを検討します。

見識業における顧客とは、「問題を抱え、それを解決してあげる対象者」ではなく、「企業とビジョンを共有し、その実現に向けて共に歩むパートナー」です。企業はビジョン実現のために生み出したい顧客の行動の変化を理解し、顧客はその行動をとることで、ビジョン実現に近づいていきます。

そこでまずは「企業が持つビジョンと共有するビジョン」を持つ顧客を定義します。

パタゴニアであれば、「生活、経済活動が環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑えたいと思っている」人物などが想像できるかもしれません。

しかし顧客は、企業のように多種多様な資源を活用できる状態にないため、自らの力のみでビジョンを実現することは困難です。そのため、顧客がビジョン実現に向けて行動をとるためのインセンティブ、ビジョン実現に向けて社会に働きかける手段として、企業が「顧客社会価値」を定義します。顧客社会価値とは、顧客にとって社会に貢献するための武器なのです。

フィットネスクラブのカーブスでは、「地域に友人ができる」という顧客社会価値を届けることで、顧客は「運動を介して友人を作る」という行動をとりやすくなります。その結果、顧客を含めた地域住民がそれぞれに知り合い、意識せずとも、地域での孤独孤立を減らすという社会貢献が可能となります。このとき顧客は顧客社会価値を受け取りながら、同時にステークホルダー社会価値を届ける主体者にもなっているのです。

連載第1回〜第6回はこちら>


みなさまからのご意見、ご感想もお待ちしています。

本連載を通じて提言している「見識業」は、豊富な実践例があるわけではありません。GOB Incubation Partnersでも、新規事業開発の支援やコンサルティング、さまざまな企業や起業家との実践、歴史的な背景などを踏まえて少しずつその解像度を高めているところです。ぜひ、皆さまの率直なご意見も聞かせてください。

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