
時代が利潤を中心とした利潤資本主義から、人や社会にとってよいことを判断の基準とした倫理資本主義へと移り変わる中、社会価値と経済価値を両立させた経営モデルが求められています。
GOB Incubation Partnersではこれを「見識業」と呼び、その立ち上げプロセスを模索、提案しています。
前回までに見た通り、見識業は「ビジョン形成」「ビジネスデザイン」「組織デザイン」の3フェーズを順に進むことで、自然とそれに必要な要件を満たすことができます。
見識業を生み出すプロセス

今回はフェーズ3に当たる「組織デザイン」の内容を、GOB代表の山口高弘(やまぐち・たかひろ)が解説します。
社会課題解決とビジネス成立を両立させることに挑戦する事業支援を中心に、これまで延べ100の起業・事業開発を支援。社会に対する問い・志を、ビジネスを通じて広く持続的に届けることに挑戦する挑戦者を支援するためにGOBを創業。自身も起業家・事業売却経験者であり、経験を体系化して広く支援に当たっている。 前職・野村総合研究所ではビジネスイノベーション室長として大手金融機関とのコラボレーションによる事業創造プログラムであるCreateUを展開するなど、個社に閉じないオープンな事業創造のための仕組み構築に携わる。内閣府「若者雇用戦略推進協議会」委員、産業革新機構「イノベーションデザインラボ」委員。 主な著書:「いちばんやさしいビジネスモデルの教本」(インプレス)、アイデアメーカー(東洋経済新報社)
連載第1回〜第8回はこちら>
フェーズ3:組織デザイン
フェーズ3は「組織デザイン」です。見識業において、ビジネスモデルを支える組織デザインは、循環価値の制約要因にも、加速要因にもなり得ます。
倫理的観点で見る見識リーダーと組織形成の構造
見識業を志向し、循環価値を探求した事業やビジネスモデルを構築しても、起業家と組織の状態が整わなければ、事業は思うように成長しません。結局、事業とは組織の写し鏡であり、組織とは起業家の写し鏡だからです。
今回は、起業家、組織、事業がより「倫理的」であることを良しとする前提に基づいて、組織のあり方を整理していきます。
まずは、系統的発生論を土台に、人類がまだ農耕社会以前の、自他が明確に区分されていなかった時代まで遡りながら、自他の関係の変遷を段階的に追いかけます。というのも、人も組織も事業も、これまで人類が経てきた自他の関係の系譜を、その始まりから終わり(人で言えば死、組織で言えば解散や廃業)の期間で高速で経験していくことになるからです。人類史の各段階における人や組織のあり方を見ることで、自分や組織がどの段階にいるのか、次の段階はどこなのかを整理してみてください。
自他の関係 | 倫理(「自分にとってよい」と「相手にとってよい」が、同一か不可分か) |
未分離(自他を区分しない。生後4ヶ月未満の赤ちゃんと母親の関係のようなイメージ) | およそ1万年前の農耕社会以前 ・もともと人間は自他を区別しない ・自他を区別しないため、倫理観は存在しない。一方で、明確な「他者」は存在しないため、奪い合いなどの争いも生じない |
分離前期(生後4ヶ月を過ぎて赤ちゃんが自他を区別できるようになった段階のイメージ) | 農耕社会化が始まり役割分担や土地の確保などの必要性が生じた段階 ・自分と他者を異なる存在として認知する ・家族部族を超えて社会関係が拡大し、他者は闘争の対象になり得る |
分離中期 | 農耕社会が確立したおよそ3千年前 ・自分と他者を切り分ける ・他者が自分の目的達成のための手段になり得る ・社会関係が拡大し、機能分担が進む |
分離後期 | 産業革命から20世紀初頭 ・自分と他者を完全に切り分ける ・自分も他者も機能。あらゆる主体が経済活動の一機能となる |
融合前期 | 20世紀初頭から1980年前後 ・前の期間から一転して、自分と他者は共感し一体感がある ・分担関係でありつつ互助的な関係 |
融合中期 | 1980年代以降 ・自分と他者はそれぞれの使命でつながっている ・それぞれの使命が重なるところに組織の使命を置く |
融合後期 | 現在以降 ・自分と他者を切り分けた上で、一体化する(未分離期ではそもそも自他が切り分けられていない状態であったが、融合後期では区分した上で再び一体化した状態) ・公益化し、垣根がなく、循環している |
未分離期(人類史:約1万年前の農耕社会以前)
倫理とは「自分のことのように他者を想像する」ことです。その前提には、自分と異なる他者を区分した状態があります。そもそも自他を区別していない状態である未分離期は、倫理の起源であるとともに、想像する他者がいないという観点では倫理の対極であるとも言えます。
この状態では自他の区分が曖昧なため、起業家も階層意識を持ちません。語弊を恐れずに言えば、組織になる手前の“サークル”段階のチームはここに位置付けられるでしょう。
また自他の区分が曖昧なため、「自分がよいと思ったことは他者もよいと思うだろう」という認識となり、他者にとって必ずしも喜ばしくはない行動が堂々と取られるという現象も生じます。
分離前期(農耕社会化以降、役割分担や土地の確保などの必要性が生じる)
ここでは自他が一気に分離し、自分と他者は相容れない異なった存在であると認知されます。心地よいサークル状態から外部との接触が生まれ、資源の奪い合いなど、ある種の闘争状態を迎えるのです。
企業で言えば、組織を立ち上げたばかりで起業家やリーダーが気負っている段階がこれに当たります。起業家は圧倒的なリーダー意識を持つことが多く、その影響で組織の中では圧倒的支配と階層が発生し始めます。事業としても、顧客は組織が生き残るための道具となり、倫理的な対応は見られません。
分離中期(約3000年前、農耕社会が確立)
分離前期と比べて、自他の立場や役割が切り分けられます。ただの”集団”からゆるやかに機能分化した”組織”が形成。リーダーは階層化した組織のトップという意識を持ち、自分を中心に考え、他者をリソースと見なし始めます。
組織はトップダウンで、階層化。組織内では、古くから参画していた人間が階層の上位に位置したり、縁故で人を採用したりといった不合理性が存在します。また事業では、経済価値を重視し、顧客はビジョン実現のための道具となります。
分離後期(産業革命〜20世紀初頭)
自他は機能的により明確に切り分けられ、起業家はリーダーとして君臨し、他者をリソースとして使いこなします。
組織の階層は、分離中期と比べると少し緩みますが、一方で機能分化は進行しています。そのため分離中期では不合理な階層が存在していたのに対して、分離後期では成果や能力といった合理的な基準で階層化します。
事業ではいまだ経済価値を重視し、社会価値は最低限しか意識されません。顧客は、商品を買うという機能を果たす「消費者」であり、価値を提供して対価を得るという交換関係を形成します。ただしこの関係性において、顧客が企業への強い共感を覚えることはなく、購入時点だけの単純な交換関係に過ぎません。
融合前期(20世紀初頭〜1980年前後)
階層化し機能分化した状態に対して、人々が徐々に違和感を感じ始めます。この違和感を乗り越える期間が融合前期です。この段階では、自他はそれぞれが尊重すべき存在で、お互いに共感し一体感を持つようになります。
起業家の他者に対する想像力も高まっていきますが、一方で、起業家自身も尊重されるために自己が強調され、自己中心的性質も帯びていきます。
組織は「あなたはあなた、私は私」としてそれぞれを尊重するボトムアップ型。起業家も組織も階層や縛り、押し着せがましさを嫌い、フラットな組織を志向します。その結果として同時に強烈なビジョンを回避する傾向も見られます。
事業はいまだ経済価値が優位ですが、自社だけでなく、他者(顧客、社会など)を尊重することにより、社会価値も同程度に重視し始めます。顧客のことは問題解決をしてあげるクライアントと位置付け、単なる交換関係ではなく、お互いを尊重し共感する関係を構築。デザイン思考などを用いて顧客の課題を分析し、最適かつ革新的な製品を届けます。
融合中期(1980年代〜現在)
自他をお互いに尊重するという点は融合前期から引き継ぎますが、一方で目的に対して自分ができることは何か、そのためにどのような強みを持つべきか、といった使命感や自己中心性からの離脱が始まります。
この段階では、自他はそれぞれの使命でつながります。
起業家は、自他をフラットに捉えてお互いの意思を尊重しますが、だからといって他者に触れないのではなく、お互いの交差点を見つけて共有意思としてのビジョンを描きます。
また階層を嫌悪するのではなく、目的や必要に応じて階層とフラットを使い分けるようになります。組織の内と外の境界は存在しますが、緩やかで、情報の透明性や余白は拡大。お互いの交差点としてのビジョンは明確に存在しますが、ビジョンに向けてあらゆるリソースが統合されるということはなく、共有の道標のような存在です。
事業では、社会価値と経済価値の両立を志向し、顧客は共にビジョンを実現するパートナーへ。「高くても買う」「継続して買う」「一緒にビジョンを実現する」といった長期的な関係を結び、ライフタイムバリューが拡大するなど事業へのインパクトも生まれます。
融合後期(現在〜)
自他はお互いに他者への想像力が高く、他者の想像力の高さから、他者が自分そのものとして捉えられるようになります。これは自他が一つになるのではなく、あくまで区分はありながらも、想像力により垣根がなくなった状態です。
起業家の「自己」は融解し、人格的に統合されている状態に至り、相対主義的な「人は人、私は私」という認識を超え、等しく求めたい価値を見出します。
組織内外の区分も消滅し、全てが「自分らしい」状態となるため、すべてが余白と言えるようになり、もはや余白という概念そのものも無くなります。
普遍的価値を探求し、ビジョンもそれに伴って再び明確に提示。事業においても、社会価値と経済価値を統合。顧客は社会に貢献する贈与者であると同時に事業主体である、という関係も構築します。
倫理観点でみる起業家、組織、事業の状態の段階
自他の関係 | 倫理 | 起業家の状態 | 組織の状態 | ティール型との対応 | 事業の状態 |
未分離 | ・もともと人間は自分と他者を区分しない ・超高密度 | ・階層意識はない ・他者と自分の区分が明確ではなく、争うわけでもなく牧歌的な存在 ・自分の行動を広く外部に伝えようとはしていない | ・家族・部族の範囲を出ない ・階層は存在しない ・全員が顔見知り同士で、感情が対の関係で共有され、それらが全体に広がり全体での感情共鳴がある | ・事業という体は成さず、活動 ・明確な顧客という存在は存在しない | |
分離前期 | ・未分離だった関係から一気に分離が起こる ・他者は闘争の対象 | ・農耕社会化により分担や土地確保・争奪防衛などの必要性が生じる ・圧倒的リーダー意識 ・食うか食われるか ・圧倒的な統率者(でないと集団として生き残れない) ・情報操作をしてでも他者を制御する | ・圧倒的な支配に基づいて動く ・縛りが強く離反できない ・自由度はない ・階層化 | レッド | ・顧客は組織が生き残るための道具 |
分離中期 | ・自分と他者を完全に切り分ける ・他者は機能 | ・自分を中心に置き、他者はリソース ・圧倒的階層意識 | ・トップダウン ・自由度は無ではないが、余白はない ・圧倒的階層化 | アンバー | ・経済的価値が重視される ・顧客は目的実現の道具 |
分離後期 | ・自分と他者を切り分ける ・他者も自分も機能 | ・自分はリーダーである ・自分も他者もリソース ・自分でビジョン、ゴールを決める ・人が退出すると「機能が欠けた」という認識 ・共感者には好意的であるが、同じ人物が共感者から批判者に転化すると好意的でなくなる | ・ゆるやかなトップダウン型 ・分離中期と比較すると階層はゆるむが一方で機能分化は進む ・不合理な階層を回避し能力に基づく階層に分けて効率的に成果を追求 ・役割分担し成果主義で運営 ・金銭リターンを期待する投資による資金調達が中心 ・情報透明度低 ・余白多少あり ・明確なビジョンが提示される | オレンジ | ・経済的価値が重視され、最低限の社会的価値が意識される ・顧客は消費者 ・交換関係 ・価値を提供し、対価としてのお金を頂く ・サービスは機能として需要される。顧客からの他サービスへのスイッチコストは低い |
融合前期 | ・自分と他者は共感し一体感がある ・分担関係でありつつ互助的な関係 | ・自分はリーダーでありながら、他者はリソースではなく仲間、同志 ・ビジョン全開となる ・相対主義を背景とし、尊重される自己が強調され自己中心的性質も帯びる ・フラットを志向する ・他者への想像力が高まる ・同時に自分への光も強化され、お互いに尊重したいという意識が高まる ・尊重される自己が強調され自己中心的性質も帯びる ・社会的価値を声高に主張することで、自らの自己中心的な態度を覆い隠そうという面も見られる | ・階層化し機能分化した状態に対して、徐々に人々は違和感を感じ始めます。この違和感を乗り越える期間 ・トップとボトムの区分があるボトムアップ型 ・主体性、関係性、共感性を重視 ・ステークホルダーが多様化し包摂される ・顧客からの共感購買による資金確保が中心 ・情報透明度中 | グリーン | ・経済的価値が重視されるが、社会的価値も同程度に重視され始める ・顧客はクライアントで共感関係 ・顧客のインサイトを探り、柔軟に事業を設計する。家族同然の顧客に対して最高のサービスを提供しようと努力 |
融合中期 | ・自分と他者はそれぞれの使命でつながっている ・それぞれの使命が重なるところに組織の使命を置く | ・自分と他者をフラットに捉え、自分を知り相手を想像する ・一方で自己中心性は低下する ・階層とフラットが柔軟に使い分けられる | ・トップとボトムの区分がゆるやかから消滅へ ・機能としてのヒエラルキーは存在 ・組織の内と外の境界は存在。ただし境界は緩やか。 ・情報透明度大 ・ビジョンはあるがビジョンドリブンではない。 ・階層とフラットが柔軟に使い分けられる | ティール | ・社会的価値と経済的価値が両立される ・顧客はパートナーで等身大関係 |
融合後期 | ・自分と他者は一体 ・公益化し、垣根がなく、循環している | ・「自己」の融解 ・人格的に統合されている状態。ゆえに顧客、市場、社会と調和していくことができる ・相対主義的な認識を超越し、他者の立場に立った上で「誰にしも求められる普遍的価値」に向かう | ・組織と組織外の区分が消滅 ・サーキュレーション ・ペイフォワードに向けた資金が顧客、ステークホルダーから集まる ・情報の垣根なし ・普遍的価値が探求され、ビジョンも再度明確に提示される | ・社会的価値と経済的価値が統合され循環価値に至る ・顧客は贈与者 ・顧客はインサイトを探る客体ではなく、社会に共に働きかける同志 |
ステージ7:見識リーダー
起業家に立ちはだかる「自己中心性」という壁
さて、これらを踏まえて、改めてフェーズ3「組織デザイン」をに必要な検討を進めていきましょう。まずはステージ7「見識リーダー」です。前述の通りリーダーの状態は見識業の制約要因、ボトルネックとなり得ます。見識業を牽引する見識リーダーとして、起業家やリーダーがいかにして自他融合の状態へと向かえば良いのか、説明します。
なお「見識リーダー」と表現していますが、必ずしも代表者のみを指すわけではなく、あくまでも1人ひとりがリーダーとして位置付けられると考えてください。
まず理解してほしいのは、「起業家は一足飛びに成長しない」という事実です。成長に必要な時間はまちまちです。しかし未分離から融合への変化は、必ず順を追って──場合によっては時期が重複したり、外からは明確に見えないとしても──、進むと止まるを繰り返しながら進んでいきます。
社会性を重視する起業家の場合、多くは融合前期から融合中期の間にある「自己中心性」が壁となります。
上で見た通り、起業家は融合後期で、他者を尊重し、自分自身もビジョン全開の状態に至ります。自分は社会と調和して高い社会価値を届けられていると思いがちですが、この時他者の主観を尊重する代わりに、同時にリーダー自身の主観も肥大化しており、裏側には「自分中心に世界が回っている」という認識があります。このままでは、自他を区分しない普遍的なビジョンには至ることはできず、競合への批判や敵対的行為などが生まれ、社会を調和に導くことは困難です。
「自己中心性」を認識し、克服する
では、自己中心性を克服するには、どうすればいいのでしょうか。
唯一の方法は「自分が自己中心性を帯びている」ことを認識することです。もっと言えば、「社会的価値を前面に押し出すことで、自らの自己中心性を覆い隠そうとする可能性」を見つめることです。
高尚な概念やビジョンを掲げ、尊敬や共感を得ると、どうしてもその裏にある自己中心性を見つめにくくなってしまうものです。それを避けるためには、月並みですが「360度フィードバック」が有効でしょう。チームメイトや先輩、後輩といった、起業家自身のことをよく知っている人物からフィードバックを受けてみましょう。目を背けたい指摘もあるかもしれませんが、自分をよく知る近い人物からの声であるために、ストレートな結果として目の前に現れます。

対話による交差点発見から融合へ
自己中心性を認識した後に、壁を乗り終えていく際のポイントは、「ビジョンに導かれるようにして乗り越えていく」ことです。融合の前までは「人それぞれ」だとして触れていなかったお互いのビジョンを開示し、対話によってその交差点を見出していくのです。
対話によってビジョンの交差点を見出すことは、「あなたのビジョンには触らないから、自分のビジョンも触らないでくれ」という利己的な遠慮や、「それぞれのビジョンを尊重するべきだ」という相対主義を超えて、折り合いを見出していくという段階にあたります。
個々のビジョンが寄って立つ視点を統合することで、多様な視点を内包したビジョンを見出せます。この普遍性を帯びた包摂的なビジョンを自分ごとにできれば、リーダーは自己中心性の壁を超え、融合の状態に至っていると言えます。
ステージ8:循環組織形成
組織が抱える自己中心性
リーダーが融合前期から中期へと移行する過程で自己中心性の壁にぶつかるように、組織もまた同じ課題を抱えます。
組織が「自社の利益を優先することなく、循環価値を志向している」と思い込んでいるが、実際には自己利益を確保する手段として循環価値を志向する状態に陥ってしまうということです。
これは融合前期において、起業家だけでなく、メンバーも同じように自分の価値観を尊重されるべき至高の存在であると認知することで起こります。各メンバーが自己の価値観を前面に出すことで、お互いに折り合おうとしない自己中心性で構成された組織になってしまうのです。
現代企業の課題、「高尚なビジョン」vs「自己中心性」のギャップを乗り越える
現代は価値相対主義全盛の時代です。人はそれぞれであり、個性や価値観を尊重することが良しとされています。もちろんそれ自体は素晴らしいことですが、その反作用として自己中心性、すなわち「自分が主役である」という認識も高まります。
連載で繰り返しお伝えしてきた通り、倫理的とは他者を想像し思いやることですが、自己中心性は、他者への想像や思いやりに向ける視線を、自分に向けることにほかなりません。高尚で、一見すると統合的、倫理的に見えるビジョンを語ると同時に、他者よりも自分を重視する状態になり、高尚なビジョンと自己中心性が同居する矛盾した状態に陥ります。
価値相対主義がもたらす個性や価値観の表出と、その反作用としての組織の自己中心性の肥大化の間に存在する巨大なギャップを、現代に生きる私たちはどう乗り越えていくべきなのか。 これは今の組織に課された時代共時的な課題と言えるでしょう。

自己中心性が引き起こす事業の倫理的停滞
こうした矛盾を抱えている組織の中では、組織として掲げている循環価値のあり方と、扱う商品サービスや施策、バリューチェーンとの間に整合性が取れなくなってきます。「環境保護を謳っているにも関わらず、社内では資源のムダ遣いが起きている」といったような状態です。これを放置すると、顧客やパートナー、そしてメンバー自体がその矛盾に気づき、違和感を拡大することになります。
しかし前向きに捉えれば、少なくともメンバーの「個性」が芽吹いている状態であるとも言えます。また矛盾と違和感が表出化してはじめて、そのギャップに対して「解消したい」「ギャップを埋めたい」という問題意識も生じます。全ての組織が多かれ少なかれこのプロセスを通りますから、矛盾や違和感はその先に進むために必要な課題であると捉えましょう。
では、こうした各人の個性が、組織が倫理的な状態に向かう源にするためには、何が必要でしょうか。
価値観の尊重と対(つい)となる自己中心性の存在を認知する
まずは、1人ひとりの価値観を尊重することと表裏一体の事象として、組織に自己中心性が拡大するということを認知することから始めましょう。
個々のメンバーの発言、顧客やパートナーとのやりとりなど、至るところで認知できます。成果を誇る発言、顧客が抱える問題に我関せずの立場を取る態度、同僚に対して「派遣の人」「委託の人」などの階層意識が見られる発言など、日常の些細な発言に、自己中心性は見え隠れするものです。
これ自体は必要なプロセスだと受け入れつつ、見識業を営むためには、乗り越えていかねばなりません。
価値観の統合
その上で価値観や個性を捉える際に、「人それぞれ」で終わらせるのではなく、「それぞれが等しく目指せる普遍的な価値」に目を向け、その普遍的な価値へ個々の価値観の統合していくことが必要になります。
もちろん人それぞれで大事にしている価値は、そのまま大事です。その上で、それらを横断できる普遍的な価値に目を向けます。
現代ほど普遍的な価値へ懐疑的になっている時代はありませんが、一人ひとりの価値観を尊重し、かつ普遍的な誰もが目指したくなる統合的な価値を見出すことで、社会の幸福と1人ひとりの尊厳が両立しうるのです
見識業を営む上で、最小単位であり、その価値の源泉となる自組織が自他を統合できなければ、社会を自他統合に導くことはできません。個々のメンバーの価値観を統合し、誰もが自分ごととして目指したい価値を循環価値として定義づけることが必要なのです。
「対話」で交差点としてのビジョン形成
次に、「誰もが自分ごととして目指したい価値を循環価値として定義づける」ための方法を見ていきます。当然、「それぞれのビジョンを大切に」と触れず、深入りせずの態度では循環価値を導くことはできません。
誰かのビジョンに「この指止まれ」で集うのではなく、それぞれのビジョンの交差点を見出し、そこからよりよい“第3のビジョン”を見出す必要があります。
そのためには、自分のビジョンを押し通そうとする自己中心性を手放し、他者のビジョンに自分を重ね、共有できる点を最大限の努力をもって見出していこうとする姿勢が大切です。
そのための有力なアプローチの1つが「対話」です。対話により、個々の「全く異なる」と考えられたビジョンに、重なる部分が見つかっていきます。
問いによるアップデート
個々のビジョン、価値観を統合したビジョンを見出したあと、組織が自己利益を優先することなく、循環価値を志向し続けるためには、組織のメンバーが、我に返ったり、今の状態を俯瞰的に見たりできる「問い」の設定が効果的です。
その問いは「思考」ではなく「行動」にも深い内省をもたらすものでなければなりません。
例えば私が代表を務めるGOBでは、問いを「Way」と呼び、5つのWayを設定しました。
GOBが設定した5つのWay(問い)

問うことにより、人は我に帰って自己中心性を脱却し、循環価値に視線と行動を戻すことができます。
私たちGOBの場合、まずは「機能と人を分ける」ことから始まります。機能と人間を分けることで、個々の価値観を浮かび上がらせ、それを原動力としていくのです。
また価値観を社会化して世界観に至る過程では、個人の主観が解放され、社会価値の逆方向である自己中心性に向かうリスクもはらんでいることはこれまで述べてきた通りです。私たちはこれを回避するために、個の際立った価値観を軸として、ステークホルダーが求める価値を認識し、ステークホルダーが求める価値を「自分ごと」と捉えることを問いに設定しました。価値観起点であるからこそ、認識を最大限まで高めることで自己中心のリスクを回避し社会化していくことができます。言い換えると、個性を高めた上で、調和するという、個性と調和のトレードオフを乗り越えるのです。
くわえて「余白」がなければ、自分以外のことを考えられなくなります。常に他者を想像するための隙間を持つことで、利潤追求のプレッシャーに負けて自己中心に陥ることを回避します。その結果「Given&Give」という、自他にとって良い価値を探求する状態に至ることができるのです。
「個」の段階に寄り添う組織

組織において循環価値を追求するための行動をデザインするには、上の図のような順番を経る必要があります。この過程でもっとも避けなければならないのが、より先の段階から、手前の段階を非難することです。
人にはそれぞれのペースがあります。理想は、個人が自らの状態を認識し、自らの速度で(速いに越したことはありませんが、焦らず個々のペースで)段階を深めていけること。組織はそのための環境を整備しましょう。
終わりに:自己中心を超えた倫理性を原動力に
これまで、見識業において過去から未来にわたる長い時間軸で捉えることの重要性を示してきましたが、最後は、より短期的な変化にフォーカスを当てて締め括りたいと思います。
バブル経済を含めた日本の“失われた40年”とは、「日本経済が想像力を失った40年」だったと言えるかもしれません。
「和をもって尊しとなす」の教えがある通り、日本は古来から統合や調和を重視してきました。しかしながら、戦後を主な転換点として、統合、調和の裏に隠れた暴力性や抑圧性を認知しはじめ、ゆるやかに「個々の価値観や個性の拡張」重視の路線に転換していきました。その傾向は価値相対主義によって現在に至るまでより一層強まっています。
そしてその反作用として、自己中心性が拡大したこともすでに見た通りです。
ならば、どちらかではなく、両者のよいところを取り込む、つまり「統合、調和」と「価値観、個性の拡張」を両立させることができれば──。そのための方法もこれまでの連載を通じて提示してきたつもりです。
しかし、これはそう簡単ではありません。日本人はこれまで、個性を統合することを得意としてきませんでした。なぜなら、これまでは前提に統合や調和があり、その範囲の中でのみ価値観や個性を表出してきたためです。それに対して現代は、歴史上初めてと言ってよいほど、価値観や個性を全面に押し出しています。
思えば日本は、他者への想像力を発揮し、かゆいところに手が届くものづくりで世界にその名を馳せてきました。今の経済活動の停滞の一因は、この想像力の低下にあると考えられるでしょう。没価値観、没個性により他者への想像力を発揮していた時代から、価値観や個性を拡張してきた反作用として他者への想像力が低下し、それが顧客に対する価値を生み出す力を弱め、結果として経済活動の停滞にもつながっているのではないでしょうか。
私たちはそこからさらに歩みを進め、価値観や個性を拡張すると同時に、自己中心性を克服して他者への想像力を発揮し、社会価値と経済価値を両立させた倫理資本主義を生み出していきたいと考えています。
そこで企業が果たす役割は、「社会価値を世の中に届ける事業」を通じて、世の中に社会的な価値を届けること、また「倫理的な組織を形成」することで組織に関わる人が倫理的になること、そしてその結果として倫理的で循環的な社会や環境を将来に残すことです。
その流れを生み出すための方法として、「見識業」という経営モデル実現に向けた方法をこれからも追求していきたいと思っています。
連載第1回〜第8回はこちら>
みなさまからのご意見、ご感想もお待ちしています。
本連載を通じて提言している「見識業」は、豊富な実践例があるわけではありません。GOB Incubation Partnersでも、新規事業開発の支援やコンサルティング、さまざまな企業や起業家との実践、歴史的な背景などを踏まえて少しずつその解像度を高めているところです。ぜひ、皆さまの率直なご意見も聞かせてください。