「優しいことが起業支援家の優位性に」——取締役退任の滝本悠が見る、これからのスタートアップに必要な成長環境

写真左:GOB代表の山口高弘さん、右:同取締役を退任する滝本悠さん

「日本経済でスタートアップが成長する上で、CVCがキープレイヤーになるのではと考えています」

GOB取締役として創業期から会社を支えてきた滝本悠(たきもと・はるか)さんは、2021年2月末をもって取締役を退任し、新たなチャレンジの場としてコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)を選びました。

CVCは事業会社(主に大企業)が社外のスタートアップに投資をするための仕組み。2020年のスタートアップ投資の内訳を見ると、CVCを含めた事業会社の投資額は全体の30%以上を占めています。これは近年、増加傾向にあり、CVC自体の設立件数も、2012年に4件だったところから、2018年には26件に増加。2020年はコロナ禍の影響もあってか15件にとどまりましたが、着実に存在感を増しています[1]NewsPicks「【無料最新版】2020年「スタートアップ調達トレンド」の全て

未知を組織に取り込むチャレンジの6年間

GOBの創業は2014年8月。滝本さんは2015年3月に大学を卒業後、新卒ながら創業まもないGOBに参画しました。

最初は主に学生を対象にしたワークショップや、新規事業開発などのプログラムの全体設計を担当。その後は新規事業を生み出す仕組みや枠組みづくりの重要性を感じ、アクセラレーションプログラムの企画や、企業のなかで新規事業を生み出すための制度設計を中心に携わっていきました

また、現在のGOBの事業の核となっている「客員起業家制度(Entrepreneur in Residence、EIR)」の社内導入や、今ではGOBの提供価値の1つになっているメンタリングの事業メニュー化、アクセラレーションプログラムの型づくり……などはいずれも滝本さんが主導で動いたものでした。

創業期から現在までを振り返り、自分の特性をこう話します。

滝本 悠:僕は、自分の強みとして具現化能力があると考えています。 無茶ぶりをされても、「こういう形にしたら丸く収まるかな」と最初の形にするところが得意だろうなと。EIRの導入やアクセラの型づくりも近いものがあります。

その上で、それが自分にとって未知のもので、かつ組織や世の中にとっても意味があるものに面白さを感じます。逆に自分にとっては未知のものでも、組織にとってそれほど意味がないなら半分しか面白くないというか。

山口 高弘:タッキーは未知をどうやってキャッチしているの?

滝本:うーん、つまらない答えですけどやっぱり勉強や情報収集はしています。この2年間は大学院で学んでいたし、それ以前にも本は年間100冊近く読んでいました。

というのも、自分や起業家が今悩んでいることの多くは、先輩たちが先に経験して何かしら解決の糸口が存在するだろうと考えているんです。それに一から悩むのは時間がかかるので、だったら先に本や論文を読んだり、記事を調べたりしようかなって。

巨大な才能を社会化——ロールモデルは「スタジオジブリ」

さて、そんな滝本さんですが、山口さんの目から見て、ある時から仕事への向き合い方が「大きく変わった」と感じたそうです。

山口:最初のうちは、クライアントワークというよりもミッションに共感して動いていたように見えました。クライアントワークという感覚ではなく、ミッションドリブンで動いていた感じ。

滝本:そうですね。僕が起業やスタートアップの領域に面白さを感じるのは、大げさに言えば、みんながそこに人生をかけているからなんです。

山口:それが徐々に、若干引いたディレクター的な立場に移っていった気がするんだけど、その辺は自分としてはどう感じている?

滝本:僕はスタジオジブリの仕事の仕方がとても好きなんですけど、ディレクター的な立ち位置にいた時くらいまでは、自分は鈴木敏夫さん(スタジオジブリプロデューサー)的な役割を担っていくんだろうと思っていました。

ジブリには宮崎駿さんとか高畑勲さんとか、巨大な才能を持っているメンバーたちがいて、でもそれを生でそのまま世の中には届けづらいので、いかに社会化するかが鈴木さんの役割の1つだと感じています。同じように、GOBの創業メンバーや起業家の皆さんは素晴らしい才能や強い思い、ミッションを持っているものの、それを世の中に届けたり、商売にしていったりすることに対して、あまりうまく立ち回り切れない瞬間がある。そこに自分の力を使っていこうと思ってたんですよね。

新規事業に「否定の力」を持ち込まない

こうした起業家への向き合い方についても、隣にいた山口さんはその変化を感じる瞬間があったようです。

山口:起業家がプランを見せてくれる時に、前はもっと引いた俯瞰的な立場にいた気がするんだけど、いつからかまず口火を切って「僕いいですか?」って話し始めるようになった。先に意見を言うことって後からの発言で否定されるリスクがあるのでしにくいものだけど、まず先に言う。

しかも出てくる言葉が基本ポジティブなんだよね。ある時からGOBで一番ポジティブになったように感じます。普通は経験を積めば積むほど、相手のダメなところが目につくんですけど、そうじゃない。

滝本:姿勢の変化もそうですし、会議のテクニックとして気づいたところもあったかもしれません。一番最初に話す人がある程度、無理筋ではないことを言う限りにおいて、よほど強い意見でない限り、みんな最初の意見をひっくり返してこないんです。だからまず最初にある程度前向きで筋の立つことを言うと、ポジティブなことを前提に議論が進められるんです。

新規事業や起業に向き合う上で、ポジティブであることは大前提です。特に構想レベルの話をする時には楽観主義であろうと意識しています。

それから自分で話を進めていく時にとても意識しているのが「否定の力を使わない」こと。否定はめっちゃ強い力を持っているので、何かをクリティカルに否定できる人に対しては、ある種の求心力が集まりやすいものです。でも僕は、少なくとも新規事業という文脈では、そういう否定の力を使ってはいけないと思っています。

山口:否定の力を使わないっていいね。勉強になる。否定の力を使う方が簡単だからマネージャー層とか使いがちだね。

その点で言うと、ディレクターは後ろに構えて俯瞰的に、少し斜めからものを見る必要があったりするので、それこそ一部否定の力を使ったり、シニカルな物の見方をしがちだよね。でもタッキーの場合は前線に行くじゃん。設計思想的なバックグラウンドを持ちながらも、ポジティブに前線に切り込んで盛り立てていくというのは新しいタイプかもしれないね。

滝本:もしかしたらその役割がいなかったからかもしれませんね。誰かがいたらやっていなかったかも。

ジブリの鈴木さんもある時からメディアに頻繁に出始めたんですけど、それは宮崎さんがテレビ出演を敬遠し始めたからだと聞いたことがあります。もし僕の他に誰かそういう演者がいたら、また違った役割を担っていたかもしれないですね。

「優しさ」が起業支援家としての優位性にならないか

滝本:実は次のチャレンジをしていく上でのポジショニングもそこにあって、「優しい起業支援家、スタートアップ投資家」でありたいと思っています。

スタートアップの資金調達などでお金が絡んでくると、事業の評価だけでなく、どうしても向き合う姿勢やコミュニケーションの取り方も厳しくなりがちですよね。それが、ある方向での機会やチャレンジを奪っている気がしています。

だから「優しい」ことが一定の優位性や差別化要因になるんじゃないかと仮説を立てているんです。相談しやすい人になるだけで、それが優位性になるんじゃないかなって。

そう話した上で、業態としてCVCを選んだ理由を次のように説明してくれました。

滝本:まず僕個人の願望としては、ちゃんとお金を絡めた事業開発をしたいと思っていました。これまでは起業家の皆さんのアイデアを事業にしていく時に、お金ありきで考えられないもどかしさがあったんです。お金さえあれば手段の幅が格段に広がるのに……っていう。

事業プランを考える上でも、実弾ありきで考えるかどうかで、発想の出発点がまったく異なります。今度はそっち側に挑戦してみたい。

また日本経済の中でスタートアップとして成長していこうとする時には、GAFAのように既存の大企業がいる市場を塗り変えるという世界観ではなくて、いかに大企業とうまく付き合って引っ張り上げてもらうかが非常に大切だと思っています。とすれば、日本におけるスタートアップの成長を支えるために、CVCが真のキープレイヤーになるんじゃないかと考えているんです。

山口:なるほど。大企業が持っているアセットと実弾を投入して、スタートアップを盛り上げるというのは、大企業のエコシステム的には完璧だよね。だけど個人レベルでそのスタートアップや起業家に共感している人たちは、そこにどう関わっていけるんだろう?

滝本:事業を作った後には組織を作ることになるので、その組織作りにどれくらい向き合うかが経営者のネクストチャレンジになります。そのタイミングで本格的に、多様な社員と付き合ったり、制度を整えたりしないといけなくて、スタートアップだから許されるという文脈じゃなくなってくると思うんです。それからそのスタートアップに対して、プロボノとして事業にライトに参画したり、個人としてお金を投資したいと言ってくれたりする人も出てくると思うんですけど、初期のフェーズではそういう人たちの力をあまり活かしきれないと感じています。型が決まっていなかったり、もしくはその人たちに揺さぶられすぎてしまったりするので。

そういう意味で、スタートアップのステージが進んで、大企業のアセットを注入できるくらいのステージになってくると、いろいろなステークホルダーと関わりやすい仕組みや座組み、方向性が整ってくるので、そこに個人の力が発揮しやすい環境が生まれうるだろうと考えています。

山口: 今の話を聞くと、GOBはうまくやってこれなかったかもしれないね。型が決まっていない状態で多様なステークホルダーと付き合ってきたので。GOBのように、型が決まっていない状態でステークホルダーや応援者を増やしていく意味ってどこかにあるのかな?

滝本:僕の中では明確にあります。型が決まりきっていない初期にいろいろな人と付き合うのは、自分たちが何者であるかを見つけるための探求の旅なんだろうと思うんです。多様な人と付き合うことで、自分たちはこういう業界のポジションで、こういう戦略によって、これくらいまで伸びていけそうだね、みたいなところが見えてくるんですよね。

GOBもある時点まではそういう探求の旅を続けていたように感じます。

山口:いろいろな鏡になってもらって、自分を写すような感じだね。

1/1000社を対象にしてきたスタートアップ投資は今後どうなる

山口:大企業を絡めたエコシステムがスタートアップ投資における1つの解だということだけど、タッキーのこの新しい立場から見ると、GOBという小さな組織はそこにどういう関わり方を結ぶとより良くなっていくんだろう?

滝本: そこは結構いろいろなことを考えます。

いわゆるスタートアップの領域は、ごく一部の上澄みの人たちだけを対象にしている現状があると思っています。年間20万くらいが新たに立ち上がり[2]中小企業庁「中小企業白書2020」第1部 第3節 … Continue reading、上場するのは年間100〜200社[3]日本取引所グループの集計では、2020年の新規上場件数は102件(東証一部、二部、マザーズ、JASDAQ、TOKYO PRO Marketを合算)。スタートアップ投資はその上位1/1000しかターゲットにできていないんですよね。

でも、起業していく人たちが新しいことに挑戦していこうとするエネルギーって、それがどんな事業規模のプランであれ、とても素晴らしいものがあることを我々はGOBの活動を通じて知っています。だからそこのギャップを埋めるプレイヤーがもっと必要だと感じているんです。実際、上澄みのスタートアップへの支援は一定の型ができてきているので、VCやCVCなど大方のプレーヤーは、今後上澄み以外の起業家やチャレンジャーへと支援の幅を広げていける余地があるのではないかと考えています。

これまでそうした起業家の思いをキャッチして、育てて、実を結ばせていくことがGOBの1つの役割だったと思うんですよね。どんな人でも、そこに思いさえあれば、その人なりの果実になりますよということをGOBはずっとやってきた。

だから今後、大企業のCVCやVCがそうした起業家へと対象を拡大する流れの中で、ある種の“レガシー”としてGOBというプレイヤーが存在している状況は結構面白いものがあるように思います。

山口: 経営とは意思決定とリソース調達が、リソース調達が意思決定を決めるので、1のリソースしかないと1の意思決定しかできないんだよね。

今まで一部の人たちだけがリソース調達能力を持って10の意思決定をしたところに対して、リソースを供給できるプレイヤーがその制約を解いてあげることで、それ以外の人たちでも同じようなレベルの事業を作りうるということだよね。

滝本:そうですね。リソースを持っている人はリソースを活用する責任があるんだけど、現状ではその活用方法がごく一部に限られてしまっているので、それを取り払いたいですよね。その中でVCやCVCが、今まで接点を持ってこなかった起業家と意味のある接点を持って活動ご一緒できるという座組みを作る役割を、GOBが担えるといいのかな。

References

References
1 NewsPicks「【無料最新版】2020年「スタートアップ調達トレンド」の全て
2 中小企業庁「中小企業白書2020」第1部 第3節 多様な起業の実態「起業の担い手の推移」によると2017年の起業家の数は16万人(副業としての起業家は含まず)、起業準備者は36.7万人
3 日本取引所グループの集計では、2020年の新規上場件数は102件(東証一部、二部、マザーズ、JASDAQ、TOKYO PRO Marketを合算)