関西電力から生まれた「Yaala」、産後家族向け滞在型サービスをリリースするまでの3年間

Yaala株式会社代表取締役の井上裕子さん

出産後のケアというと、これまでは産後まもない時期の母親や育児への直接的なサポートに集中していました。しかし産後に必要なケアはそれだけではありません。

産後は、子供が産まれてまもない一定の期間を意味すると同時に、そこから長く続いていく家族生活の「スタートライン」とも言えます。家族生活の基礎を作る上で非常に大切な時間です。

産後は生活が一変し、ともすれば育児に追われ、個人や夫婦、家族としての時間をかえりみれないこともあるかもしれません。そんな産後の家族生活に焦点を当て、1ヶ月の滞在型サービスを提供することで、生活のバランスやリズムを整えようと取り組んでいるのが2022年6月にサービスをリリースしたYaala株式会社です。

同社は、関西電力が取り組む「かんでん起業チャレンジ制度」から生まれた10例目の新規事業でもあります。Yaala代表取締役の井上裕子(いのうえ・ひろこ)さんに事業の立ち上げリリースまでのおよそ3年間を振り返ってもらいました。

井上裕子(いのうえ・ひろこ)さん/Yaala株式会社代表取締役
関西電力株式会社に入社以降、火力事業に従事。2013年、2016年に出産、復職。その際に感じたモヤモヤを解消すべく「かんでん起業チャレンジ制度」を通じてYaala株式会社を設立。2022年6月にサービスを開始した。

産後は長い家族生活のスタートライン、「母親」ではなく「家族」生活をサポートするYaala

——まずはYaalaの事業を簡単に教えてください。

井上裕子さん:Yaalaでは、産後の家族の生活スタイル作りをサポートしています。子供が産まれると、生活はがらりと変わります。その変化を乗り越えてスムーズに生活を移行できるようにサポートするのが私たちの役割です。

現在は、産後2ヶ月目以降で、ご夫婦ともに長期の育児休暇を取っている家族を対象に、兵庫県神戸市にある塩屋という町の一軒家で1ヶ月間の滞在型サービスを提供しています。

産後に」自宅とは違うオープンな環境の中で1ヶ月間滞在してもらい、生活スタイルの基盤を作ることで、子育ての余裕のなさを解消したいと考えています。

——一般的に「産後ケア」と呼ばれる事業や行政による産後の支援と比べて、Yaalaの特徴はどこにあるのでしょうか?

大きな違いは、サービスの目的とその対象です。

産後1ヶ月間は母親の身体の休息が最も重要で、多くの産後ケア事業は、その時期をいかに母親が何もせず休息できるかを目的にサポートしています。

一方で、Yaalaが対象にしている産後2ヶ月目以降というのは、「夫婦による子育て」が本格化するタイミングです。Yaalaでは産後だけではなく、その後長く続いていく夫婦、家族による生活には子育てのスタート時期が大切だという考え方に根ざして、Yaalaは、そのスタートラインに一緒に立ち、伴走する役割と位置付けています。

また産後ケアというと前述の通り母親のケアに目が行きがちですが、Yalaaではあくまでも母親を含めた「夫婦」「家族」の生活に主眼を置いています。子供が産まれた後も、夫婦関係や家族の生活スタイルを良好に維持できること、そしてそのためにも夫婦それぞれが「個人」としての生活も大切にすることが重要です。ですからまずは1ヶ月間、これから長く続く家族生活の基盤作りとして、Yaalaのサービスを通じ、家族の関係性や環境づくりをサポートします。

きっかけは育児につきまとう罪悪感、2019年に関西電力の「アイデアコンテスト」に応募

——Yaalaは関西電力の社内の新規事業制度を活用してこの2022年6月からサービスを開始しているわけですが、改めてこの事業の原点を教えてください。

もともとこの事業は、母親としての私の経験から着想しています。

関西電力に勤務している2013年に第一子の出産を経験し、1年半の育休を取得して子育てに専念しました。しかし子育てをしていると「今日もこれができなかった」と、できなかったことばかりに気が向いてしまい、常に小さな罪悪感がありました。それが精神的余裕のなさにつながっていたのです。

産後は出かけることも減ったため、閉塞感もありました。人と接することがなくなり、褒められたり、仕事のような達成感を得たりすることも難しい日々が続きます。それでも「子供のため」だと考えると、「手を抜いてはいけない」という強迫観念が強く、全力で家事や

育児、仕事をしている夫に対しても感謝しているものの、なんだかわからないけどもやもやするといった状態でした。

そうした子育てに関する課題をなんとなく持ち続けていた中で、2019年に関西電力の社内で「アイデアコンテスト」の応募があったのです。ちょうど当時、将来会社を辞めた後に「ライフワーク」としてこの子育てに対するモヤモヤをはっきりさせたい、お母さんたちをサポートする何かをしたいと考えていたので、起業という形は思っていませんでしたが、半ばノリで応募したのが今回Yaala創業のきっかけになりました。

——その「アイデアコンテスト」から、アイデアを磨く「アクセラレーションプログラム」、事業化に向けて準備をする「かんでん起業チャレンジ制度」へと進んでいくわけですよね。アイデアコンテスト時点ではかなり「母親」の課題を強く意識していたようですが、そこから現在のYaalaが対象にしている「夫婦」や「家族」へと変化していった過程を教えてください。

アイデアコンテスト時点では、産後に里帰り出産ができない人たちが集まる「産後のシェアハウス」を構想していました。シェアハウス内に寮母さんのような人がいて、洗濯や料理など家事を代行してくれるといったアイデアです。

母親としての自分の体験から生まれたアイデアなので、産後の母親の生活を快適にするために何ができるかに主眼が置かれていました。

事業が大きく変わったのは、アイデアコンテスト後に参加した「アクセラレーションプログラム」を通じてのことです。


「アイデアコンテスト」でトップ100に選ばれると「アクセラレーションプログラム」に参加できる。そこで審査を通過すると「起業チャレンジ制度」へと進み、法人化に向けて実証を進めていく。

引用:https://media.gob-ip.net/2020/04/20/interview-kanden-entre/

アクセラレーションプログラムの中で、実際に産後の家族へヒアリングを繰り返していると、必ずしも母親だけではなく、父親も同じような悩みで苦しんでいることがわかりました。そこから次第に、母親だけではなく、もう少し広い視点で課題を捉えるようになっていったと思います。

とはいえ、この段階でもあくまでもメインは母親のケアであり、その課題を解決するために付随的に父親や家族の存在があるような状態でした。

そこから事業を組み立てていく中で、次にYaalaの事業が大きく変化したのは、社内の事業化に向けた審査会でのフィードバックがきっかけです。

当時は現在のような一軒家での滞在ではなく、ホテルでの実施を考えていました。母親のケアを重視していたので、ご飯を作ってくれる人や掃除してくれる人がいるホテルの機能が最適だと考えていたのです。

その点について社内の審査では、「それはホテルの価値なので、Yaalaとしての価値がどこにあるのか」との指摘がありました。またホテルを借りる調達コストが高すぎるということもあり、Yaalaのサービスとしての価値の見直しを迫られることになりました。

そこからホテル以外の場所を探し始めましたが、一向に進みませんでした。当時はやりたいことがありすぎて優先順位がつけられていなかったのだと思います。どれもつながっているけれど「何が核なのか」「私自身が何をしたいのか」——。Yaalaの事業を展開する場所を探しながら、頭の中を整理していきました。

その結果、最終的に夫婦ともに、精神的なゆとりをもって子育てできる状態がゴールだと気付いたのです。

そこから「母親のケア」ではなく「家族の生活づくりのサポート」へと事業のコンセプトが変わり、さまざまな要素を削ぎ落として現在の形になっていきました

——具体的にどんな要素を削ぎ落としたのですか?

一番は、家事をはじめとしたケアの部分ですね。ホテルでの構想は、母親を家事から解放する点を重視したものだったのですが、事業のコンセプトが変わったことで、それをYaalaの本質的な価値に据えることはやめました。

そうしてサービスの価値を削ぎ落として洗練させたことで、届ける対象も明確になっていきました。

家族の関係性や生活スタイルを構築するには、当然ながら母親だけではなく父親にも積極的にサービスに参加してもらうことが必要です。Yaalaのサービスは両親ともに長期(1ヶ月以上)の育児休業を取っていることを前提にしているので、訴求すべきターゲットが「父母ともに育児休業を取得している家庭」へとさらに絞り込まれていきました。

——ただ、男性で長期の育児休暇を取得している方の割合はまだまだ少ないと思います。対象を狭めていくことがサービスの洗練にもつながっていく一方で、事業として成立するのか不安はありませんでしたか?

そうですね。厚生労働省の調査では、男性で育休を取っている人の割合は2020年度に大きく増加しましたが、それでもまだ12%にとどまっています。その中で、1ヶ月以上取っている人はおそらくもっと少ないでしょう。

ですからターゲットをそこに絞り込む際には葛藤はありましたし、いろいろな人から「ターゲットが狭すぎないか」という話はされました。

それでもある程度の自信を持って進められた理由の1つは、実際にヒアリングをする中で、顧客になり得る人が一定数いたことが大きかったと思います。

実は私の周りには長期で育休を取っている男性はかなり少なくて、正直ターゲットを狭めて事業が成立するイメージが湧かなかったのですが、知り合いづてで大手のコンサル会社の方に話を聞いたら「周りに結構いますよ」と言われて。

今思えば当たり前ですが、誰かが育休を取ればその周りの人も取りやすくなります。実際そういう話を聞く中で、特定の場所には一定割合Yaalaのターゲットになりうる人がいることが実感できたのです。

またYaalaの今後を考えたときに、事業初期の段階から、Yaalaの事業コンセプトに沿わない人、例えば「育休の取得に乗り気ではない」「夫婦関係に課題を感じていない」「育児に積極的ではない」といった人を対象にすることは難しいのではとも感じていました。もちろんそうした課題を解決できればインパクトは大きいですが、最初からそれをするのは難しい。ですのでまずは、私たちのコンセプトに賛同している人から訴求し、徐々に対象を広げていく方がステップとして適切だと考えました。

ちょうど2022年4月からは育児休業に関する法律が改正、施行されて男性が育休を取得しやすくもなりました。こうした社会情勢の変化もYaalaのサービスコンセプトを絞り込むのに大きな後押しになったと思います。

社会の「ジェンダーバイアス」を取り除く

——6月からサービスが始まり、ここから徐々に本格化していくことになると思いますが、家族の生活に寄り添う中で、最終的にはYaalaとしてどんな社会の課題を解決していきたいですか?

1つは、「男性、女性、父親、母親はこうあるべき」といった「ジェンダーバイアス」を取り払っていくことです。これが現在子育てに苦しむ人たちの要因の1つになっていると感じています。

実は、今回Yaalaのサービスのためにヒアリングをするまで、男性が長期の育休を取っている家族のその後はきっとすごくハッピーなんだろうと勝手に思っていました。だからきっと男性が長期の育休を取れるようになったらYaalaの役目は終わりだと思っていたのです。

でも実際に育休を取得した男性に話を聞いてみると、意外なほどに多くの男性が悩みを抱えていました。万全の体制だからこそ「育休を取れる恵まれた環境なのだから甘えちゃダメ」「他の家庭よりもラクできているはずだから自分が弱音を吐いちゃいけない」など、私がかつて感じていたのと同じような罪悪感を抱えていたのです。

そこで、子育ての問題は環境だけではなくて、もっと根深い社会の通念や固定概念に原因があると気づかされました。だからこそYaalaでは、1ヶ月の期間を使って、夫婦それぞれが囚われている固定観念を剥がしていくサポートがしたいと思っています。

確かに子育ては大変な面もあり、それ自体は私もそう受け止めています。間違っても子育ては辛くないとか、大変ではないとは言えません。それでも「子育ては大変かもしれないけれど『自分らしく生きている』」と実感できる社会であってほしいと思っています。そう言えるための1ヶ月間をYaalaとして提供していきたいです。

Yaalaのウェブサイトはこちら

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